問い続ける教師

教育の哲学×教師の哲学

多賀一郎・苫野一徳 著
四六判 208ページ 定価(本体1,600円+税)
ISBN978-4-7619-2363-1
教師全般
苫野一徳が多賀一郎を哲学する! 授業実践を根底で支える教育哲学について、多賀一郎の実践を通して教師の本質を考え、哲学者苫野一徳が読み解くことから、これからの教師像、学校教育の在り方に迫る一冊。

目次

はじめに
第1章 教育の哲学と教師の哲学
  1 まずは、教育哲学の話をしよう
教育哲学は役に立つ!
教育実践の“根っこ”
今日の教育問題は、過去の哲学者がすでにけっこう解いている
「自由」と「自由の相互承認」
哲学から実践へ
多賀実践に学ぶ
  2 教師の哲学って何
教師の哲学とは
教師の哲学の危うさ
自らの哲学(?)を若手に押しつける
第2章 多賀実践から、哲学する
  多賀実践1 子ども中心主義
転機があった
子どもの思いから
  哲学の視点1 子どもを「無力」にしてしまってない?
信頼して、任せる
忍耐
教師への信頼
  多賀実践2 聴き合えるクラスへ
まず、大人が聞くこと
僕の話を聞かせる
子ども同士が聴き合う
  哲学の視点2 「人類の教師」ソクラテス
「無知の知」と「産婆術」
「共同探究者」としての教師
  多賀実践3 規律やルールはできるだけ少なく!
僕の規律はゆるい
授業のきまりもアバウト
「腰立」なんてできなかった
  哲学の視点3 ルールはみんなが「自由」になるためのもの
学校は民主主義の土台になっている?
ルールは共に作り合うもの
  多賀実践4 子どもと裸でぶつかる
上質のガキ大将
いつも勝負をしてしまう
  哲学の視点4 教師の「個性」を、多様性が支える
自分に合う先生を見つける
  多賀実践5 「考えろ!」
考えることが最も大事
先生に任せるな
「分からない」と「考えない」とは違う
  哲学の視点5 「自由」のための必須の力
圧倒的に足りない「考える」経験
探究型のカリキュラムへ
  多賀実践6 学級弱者への視点
学級弱者とは
絶対的に弱者の側に立つ
学力的な弱者
障碍って何?
  哲学の視点6 徹底して「弱者」の側に立てるか?
それでも手をさしのべられるか?
カントの道徳哲学
ヘーゲルと「相互承認」
  多賀実践7 トラブル・チャンス
わざとトラブルを作る?
1学期前半の子どもの姿は、本物の姿か?
授業でもトラチャン
  哲学の視点7 成長の先を見越す
トラブルは成長のための練習
  多賀実践8 通信・文集で個を認める
作文への思い
「認める」って、どういうこと?
クラスで浮く子ども
  哲学の視点8 「ほめる」より「認める」が根本
相互承認と自己承認
心の安全基地
  多賀実践9 教師のリーダーシップ
アクティブ・ラーニング時代の教師のリーダーシップ
教師には主導しなければならない時がある
教師主導型は否定されるものなのか
  哲学の視点9 問い方のマジック
目的・状況相関的方法選択
教師の「権威」
教師の多様性を底に敷く
  多賀実践10 願い
願い続けてきたこと
ていねいにする子どもには、もっとていねいにと
「自分らしさ」とは
  哲学の視点10 「本当の自分」について
「自分らしくある」ことの難しさ
「らしくあれ」「らしくあっていい」という言葉
第3章 自らの原点を探ることで、哲学する
  1 多賀の原点
母との葛藤
人生の瑕疵は、武器に変わる
問題児
母の病気と体罰
帰国子女学級からスタート
  2 苫野の原点
便所飯のパイオニア
勉強が苦手
学び方は人それぞれ
二人の恩師
手塚治虫の全作品を記憶する
「探究」をカリキュラムの中核に
第4章 今、学校が抱える問題から、哲学する
  ■対談
教師の実践知と哲学者の哲学知
どうすれば、子どもを本当に理解できるのか
学校現場を回っていて今、一番問題だと思うこと
新しい教師観・教師像が必要な時代
教員養成の現場から変えていく
これからの教育のために必要なこと
おわりに

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